教科書採択間近~子どもたちに真実を学べる教科書を手渡したい~
違いにびっくり! 比べて見ました―歴史・公民
品川区教育委員会はこの夏、2016年度から4年間使う小中学校の教科書を選びます。文科省検定済みの教科書の中から選びますが、そこには歴史の事実を歪め、日本国憲法を敵視し戦争のできる国をめざす「育鵬社」「自由社」の社会科教科書も含まれ、採択されることをねらっています(現在、育鵬社教科書は全国14 地区で、都内では大田区と、武蔵村山市で採択されています)。
そこで品川・生活者ネットワークは、広く市民に向けて教科書展示公開が開始する6月8日、とくに中学校の歴史・公民の教科書について知る緊急学習会を開催しました。講師に藤村妙子さん(公正な教科書採択を求める大田区民の会)を迎え、▲4年前に大田区教育委員会で何が起ったのか、▲「育鵬社」の歴史・公民の教科書記述とそのほかの教科書(帝国書院、東京書籍、教育出版など)との違いを知る、▲真実を伝える教科書を子どもたちに手渡すために、いま私たち市民が出来ること――などを論点に、お話ししていただきました。
私がなによりびっくりしたのは、育鵬社の歴史・公民教科書の驚くべき記載内容でした。藤村さんは、育鵬社の教科書が「男女平等」「憲法」「差別」「労働」「原発」「沖縄」などについてどのように書かれているか、実物の教科書とともに実物大のコピーを用意され、「いっしょに、しっかりと中身を見ていきましょう。また、その他の教科書ではどのように取り上げられているか、比較してみましょう」と発せられ、とても分かりやすい進め方をされ、個別具体的に問題提起をされました。ここですべてを書き出すことはできませんが、ともかく余りの違い、事実を歪曲している書き振りに本当に驚いてしまいました。
◆「公民」から、いくつか例をあげると、【 】内は、育鵬社の記載。
《現代と日本社会》の項目では、育鵬社は【人は一つの国家にきっちりと帰属しないと「人間」にはなれない(コラム記事で作家の文章を引用)】【子どもを産み育てることは人間にとっての喜びであり…中略…、そのためには自分本位の生活習慣から、家族の一員としての生活習慣への転換が必要】であるとか、【(不登校やニートを取り上げ)自己の能力を発揮して責任を果たし…】などと続き、国家主義、家族主義を全面に押し出しています。《男女の平等》の項目では、【男らしさ女らしさを大切にしながら…】と記載した上で「性別役割分担支持」が増えているかのグラフまで挿入されています。
《平和主義と自衛隊》では、【自衛隊は日本の防衛に不可欠であり…中略…自衛のための最小限度の実力を持つことは憲法上許される…憲法9条に違反しないものと考えられ】としていますが、他の教科書では、「自衛隊は憲法9条や平和主義に反するのではないかという議論もあります」ときちんと併記されています。さらに《世界平和への貢献》では、【湾岸戦争での日本の多国籍軍への多額の資金協力は低い評価(でしかなく)…中略…、自衛隊の海外派遣については、国際平和や協力活動のために積極的に海外で活動できるように法律を整備することが議論されている】と、まさにたったいま安倍政権のもとで行われている違憲立法と言わざるを得ない「安保・自衛隊関連法案」が待たれるが如き記述が連なっています。
◆◆さらに驚くべきは「歴史」教科書の記述です。【 】内は、育鵬社の記載。
《日露戦争とその影響》をみると、育鵬社は【世界最大の陸軍国・ロシアを打ち負かしたという事実は…中略…、アジア・アフリカの民族へ独立の希望を与えました。ネルーや…孫文は…アジア諸国に与えた感動を語っています】としていますが、当時ガンジーやネルーとは明らかに対立していたチャンドラ・ポーズが日本に協力したものの、(インパール作戦により)チャンドラ・ポーズ率いるインド国民軍の壊滅を招く悲惨な結果となった歴史の事実は、一切記述されていません。続く《韓国併合》では、【我が国の朝鮮統治では、併合の一環として近代化が進められ】とし、さらに《満州事変と満州国》でも【日本の支配下に置かれた満州国では、政治や経済の整備が進められ、日本の企業が進出して、重工業が発展し】と記述されています。一方、他の教科書では、「日本が朝鮮総督府を設置して武力で民衆の抵抗を抑え、植民地支配を進めた」ことや「学校では朝鮮の文化や歴史を教えることを厳しく制限し、日本史や日本語を教え、日本に同化させる教育を行いました」と書かれ、満州国についても「清の大部分を占領した日本は…『満州国』をつくらせ、多数の日本人が政府の重要な職につくなど、その実権を日本が握り」「満州国には軍事的な目的もあった」ことなどが記載されています。
◆◆◆そして、確認しておきたいのが《沖縄はどう書かれているか》です。【 】内は、育鵬社の記載。
まず《明治時代の沖縄》について。育鵬社の教科書記述は、【1871(明治4)年、日清修好条約が結ばれ、清との正式な外交が始まりました。しかし一方で、台湾に漂着した琉球の漁民の殺害事件に対し、清が事件に責任を負えないとしたことから、わが国が台湾に出兵する事件もおきました。琉球については、日本が1872(明治5)年、琉球国王の尚泰を琉球藩王として、琉球が日本の領土であることを確認し、1879(明治12)年に琉球を沖縄県としました(琉球処分)】とありますが(実物教科書ではたった7行)、これが、明治初期の日本と沖縄に関する記述のすべてです。講師の藤村さんは、まずこの記述を取り上げ、次のように問題提起されました。
すなわち、「このように突然、文末にポンと『琉球処分』という言葉が出てくるんですね。果たしてこの文章を読んで、琉球処分の意味が生徒たちに伝わるでしょうか? このような記述では、生徒たちは『琉球が日本政府に台湾出兵をさせるような迷惑をかけたのだから、処分されたんだな、だから日本の領土にされたんだな』と、必ずや誤解して読んでしまいますよ」と、疑問を投げかけられました。
ですが、歴史の事実をみると、「(当時の)沖縄は、薩摩藩による侵略以降、薩摩藩に事実上支配されながら、清国へ朝貢していた。琉球の漁民の遭難事件を表向きの理由に…台湾に出兵し、琉球が日本の領土であることを内外に公言し得る根拠とし…琉球を日本帝国の一部とした。琉球藩は、藩となって以降も清国との関係を持っていたし、清も琉球が日本の領土であることを認めていなかった。台湾出兵が決着をみると政府は、琉球に清国との関係を断つように求めたが、尚王はこれを認めなかった。これに対して日本政府は、1879年4月警察官160人余、兵士400人を率いて首里城の処分を断行し、廃藩置県を言い渡した。この琉球処分を…中略…一方学校では沖縄方言を使用した子どもには『方言札』を首にかけるなど言葉や文化の面での同化が求められた」。以上が史実であり、しかも「琉球処分」は日本政府によって武力を背景に断行された行為であったし、その後も差別と同化による支配が行われたのですから、育鵬社の記述内容は真実を歪めるものと言わざるを得ないことが、藤村さんのお話とともに、よく理解するところとなりました。他の教科書をみると、どの出版社もこのテーマに2頁は割いていて、琉球から沖縄県に至る記述には「軍隊や警察の力を背景に琉球藩を廃止し沖縄県を設置した」と、書かれています。
《沖縄戦と戦後の沖縄》においても、育鵬社の教科書では【戦闘が激しくなる中で、逃げ場を失い、集団自決に追い込まれる人々もいました】とするなど、実際には「日本軍による住民虐殺や防空壕からの追い出しが行われた」ことなどが一切書かれず、そして戦後はアメリカの施政権下におかれ銃剣とブルトーザにより土地も奪われ、基地の島となった沖縄のこと、しかも本土復帰後も困難が続いている現実に対する記述は一切見当たりませんでした。
「由らしむべし知らしむべからず」が日本の統治の鉄則、「核政策」も「原発政策」も然り…とは、聞いてはいましたが、これから社会に出て行く、地球市民として世界に羽ばたいていく子どもたちが使う教科書が、このように偏っていていいはずがありません。他教科も含めて教科書を読み比べ見比べて、市民として保護者として、教育委員会に意見を届けなければと切に思った、あっという間の2時間でした。
子どもたちに真実を伝えることができる教科書を手渡すために市民が出来ること! 「教科書特別展示」「教科書法定展示」に、おおぜいの皆さんが足を運ばれますよう、願っています。(たなか・さやか)
★教科書特別展示、法定展示のご案内、品川区教育委員会(傍聴)のご案内は、品川・生活者ネットワークのHPを参照ください。http://shinagawa.seikatsusha.me/blog/2015/06/09/4098/